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思考の日記

ことばを綴ります

ヒロシマ・ノート 大江健三郎 あらすじ、感想

落ち着いたら、解説を加筆修正する予定です(難解な点が多いので)。

 

1.書評本の概略

2.書籍の解説

3.個人的意見・全体を通じて

 

1.書評の概略

 本書は『世界』に連載した7本のエッセイに加筆・修正を施し、プロローグとエピローグを付して刊行された。核兵器がもたらす人間的悲惨を照らし、絶望を生きる人間の力が描かれている。本書の特徴の一つは、被爆者の声が様々な素材を通して拾い上げられている点にある。著者は、時に小説家としての想像力を働かせその意味を読み解こうとした。

著者が広島入りしたのは彼の長男をめぐる困難を抱えた最中のことであった。彼は原爆後を生きる人間の姿を自身の境遇に重ね合わせ、本書を書き継いだ。本書のもう一つの側面はこの苦悩から著者自身を癒す作品ということである。

本書は多くの共感を寄せ、広島への関心を高める一方、被爆者像の固定化につながる反作用をもたらしたため、批判も少なくなかった。しかし国内をはじめ各国で長く読み継がれている。核の脅威が深刻化し、「被爆の記憶」が遠ざかりつつある今日、本書はなおその役割を終えていない。

 

2.書籍の解説

Ⅰ.広島への最初の旅

 1963年夏、著者が初めて訪れた広島では、第九回原水爆禁止世界大会の開催が危ぶまれ、秘密会議が行われていた。そこでは《いかなる国の核実験にも反対する》というテーマが問題を困難にしていた。その背景には、核停会議の評価についての意見対立、また共産党社会党、総評、それに外国人代表団、特に中国とソヴィエトの問題が存在していた。そして世界大会は日本原水協ではなく広島原水協によって開催されることが決まったが、広島原水協に困難と停滞を押し付けたことに著者は落胆する。

 また、この旅で著者は広島日赤病院で重藤文夫原爆委員長に出会う。彼自身、被爆者でありながら、原爆症を発見し闘う姿から、著者は今日も人間の躰のなかで存在し続けている原爆と闘う、広島独自の広島的な人間が存在している、と述べる。

 

Ⅱ.広島再訪

 広島の人々の失望、忍耐のはての緊急の提案が、原水爆被災白書のプランである。この提案を説明する金井論説委員は《今、広島、長崎の被爆者がその死亡者と生存者とを含めて心から願うことは、その原爆の威力についてではなく、その被災の人間的悲惨について、世界中の人に周知徹底させることである》と述べる。原水爆被災白書がつくられ、国際的にアピールされなければならないが、金井論説委員のイメージによればそれは同時に《未解決の被爆者問題の調査、健康管理、救援の方策》をもとめることでなくてはならないという。著者はこの提案に、原爆二十周年の1965年に向かって本質的にもっとも近づいている、先駆的な意見だと共感する。

 

Ⅲ.モラリストの広島

 最も過酷な日々にめぐりあい、十九年間忍耐し続け、解決できない困難を独自のやり方で生きのびてきた被爆者たちのこと広島のモラリスト(人生批評家)と著者は言う。広島には生きる悲惨を目のあたりにしてもそれでもなお自殺しない人々がいる。著者は彼らに深く根源的で、徹底して人間的なモラルの感覚を見出しては勇気を恢復する。

 もしどこかで再び原爆が落とされたら、生きのびるためのモラルは広島のモラリストの知恵によるほかないはずであり、再び体験せずとも、最悪の日々を生きのびた広島の人々の知恵は、記憶にとどめられておかなければならない。

 

Ⅳ.人間の威厳について

 広島の人々は自ら経験した原爆の悲惨を忘れる、沈黙する権利があるのだが、他のすべての人間に役だてるものとして、それについて語り、研究し、記録しようとしている。ヒロシマの人間の悲惨が人間の恢復になることを信頼し、それによって自分の悲惨な死への恐怖に打ちかつのである。そこに著者は広島の人の「人間的な威厳」を見る。

 

Ⅴ.屈服しない人々

 著者は、原爆は広島の《人間的な力への信頼、あるいはヒューマニズム》によって投下されたのではないかと疑う。広島の医師たちはみずから被爆し、負傷しながらも、医療活動にすぐさま参加した。悲惨の克服の困難が明確になっていっても屈服せず絶望してしまわない人間として救護活動を行ってきた。そんな医師たちの努力こそが原爆投下後の広島の最初の希望の兆候であったと著者は察知する。

 

Ⅵ.ひとりの正統的な人間

 重藤文夫原爆委員長をはじめ、広島の医師たち自体も被爆者であり、白血病と原爆を結びつけることは、実は厖大な恐怖である。しかし、原爆病院の医師たちは、原爆症との闘いにおいて、現実の患者を治療しながら一歩ずつ具体的に、恐怖の核心にせまっていくという戦術をとった。著者は、彼らのような広島の現実を正面からうけとめ、絶望しすぎず、希望をもちすぎることもない、そのような実際的な人間のイメージがうかべ、彼らを正統的な人間と名付ける。

 

Ⅶ.広島へのさまざまな旅

 4歳で被爆し、白血病により24歳で死去した青年は、人間らしく活動し、社会的存在たることを希望した。そうして、自らの悲惨に屈服せず、最後まで威厳とともに生き、沈黙して威厳ある死を選んだ。彼に責任はないが、彼は国家の責任を引き受けたのである。また彼の死後、みずからの意思において青年の運命に参加した自殺した婚約者は、国家の欺瞞に致命的な反撃をくわえた。

 著者は、ノートの目的のひとつは、広島的な人々の生きる態度、ものの考え方を紹介することであったとし、広島でおこなわれたことの人間的悲惨の実態は、広く正確に知られなければならないと述べる。

 

3.個人の感想

 理不尽の中で、自分の悲惨を生きていくためにその悲惨を糧にして生きる人々の存在は、困難を抱える著者を非常に勇気づけただろうと感じられた。しかし同時に、本書は著者がそのことに依存しているような文脈、構成でもあると思われる。本書を読む際、この話が広島のすべてではなく、1人の見解であることを踏まえることが重要になってくるだろう。また、本書は著者の抽象的な思考・言葉で綴られている箇所も多く、実際本書を読んだ全員が同じ解釈をすることもないだろう、と感じた。その中で今回要約にあたり、何度も読み返し、著者の境遇や当時の時代背景を鑑みて本書を読み、著者の考えの本質に近づくことを目標とした。

 原爆の威力に重点が置かれ、原爆投下後人々が後世に悲惨を伝えるその前に、どのように生きてきたか、考えてきたか、というのが軽視されている傾向にあることを、本書を読んで気付かされた。逆に言えば、本書を読むまで気付かなかった。